記事一覧

「ハロウィン? ハロウィン! その7」

「うわ」
「え?」
 ちょうど目の前の店から出てきたカップルを見て、思わず声が出た。
 そのせいで、向こうへ行きかけたふたりが、そろってこちらを見る。
続き
 ああ……しまった。最悪だ。どうすればいい。
 口を押えるも当然あとの祭りで、性格も意地も根性も悪そうな男がにやにや笑いながら近づいてきた。
「お前、普段と違くねーか?」
「あれ。たかつ――」
「っ!!」
 慌てて穂澄のシャツを引くと、それだけで意味がわかったらしく『ソウ』と言い直した。
 “俺”はヤツを『鷹塚先生』とは呼ばない。
 そんなふうに読んだら最後、間違いなくコイツは意味を把握する。
「よ、ほずみん。ずいぶんと仲良さそうなこって」
「そ……れはソウも同じだろう?」
「たりめーだろ。せっかくの休みだぜ? 瑞穂連れて歩きたくなるってのがスジだろ」
 見せびらかすために。
 あっけらかんと言ってのける様は、コイツらしいなと本気で思うが、ああなるほど。
 ストレートに言うのも、悪くはないんだろうな。
 くすくす笑いながら葉山がソウの手を握ったのが見え、あながち間違いでもないのかと思い直す。
 まあ確かに、気持ちはわからないでもないというよりは、しっかりよくわかるもので。
 さっきの生徒へ対した気持ちも、今のコイツとほぼイコールなのだろうから。
「お前らメシ食った? まだなら付き合えよ」
 相変わらず自分勝手というか、自己中心的というか……まあソウはいつでもそうだったな。
 葉山がいても誰かと一緒に食事をしたがるというのはどうなんだとたびたび思いはするが、どうやらそうではなく、『知り合いと同じ時間を共有するのが好きなタイプなんじゃない?』 と穂澄に言われ、納得もした。
 まあそのあと『単にみぃを自慢したいだけかもしれないけど』とも言っていたが、どうやらそちらはそちらで正解のようだ。
「瑞穂は何がいい?」
「壮士さん、おそばがいいって言ってませんでした?」
「あー、昨日な。あの番組見たら、そりゃ食いたくなるだろ」
「おいしそうでしたね」
 この先にあるレストラン街へ足を向け、一行で進む。
 まだ、食べるとも食べないとも言ってないのだが、これは……まずいな。
 が、そう思っているのは俺だけのようで、穂澄を見上げるも『ん?』と不思議そうな顔しかされなかった。
「へえ、ここにあったカレー専門店、イタリアンになったのか」
「先週オープンしたんだ……ったな」
 今のテンションは、間違いなく『したんだよねー』と言いかけたな。
 急に低くなった語尾が、すべてを物語る。
「ほずみんは何食いたい?」
「え、ここ入ったことないから食べてみたい」
「……なんでお前が答えるんだよ」
 意識して口を開いた瞬間、聞こえたのは自分の声で。
 たちまち、ソウがいぶかしげに“俺”を見る。
「いや、穂澄が食べたいだろうなと」
「ほずみんには、そーゆー妙な気は遣えんのな」
 うるさいぞ黙れ。
 いつもなら即口にする言葉も、今は飲みこんでおく。
 だが、葉山は普段よりしゃべらない“穂澄”が気になるようで、隣に来ると『何かあった?』とさりげなく声をかけてきた。
 ……困ったな。
 お前は心理に携わる者だろう?
 へたなことはできないし、言ってもおそらく気づかれる。
 穂澄とは幼なじみで小さいころから一緒だと聞いてもいるので、話せばまずソウよりも先に気づくだろう。
「なんでもない」
 いつもの穂澄なら、笑って首も振るのだろうが、声の高さだけ気をつけてひとこと。
 まじまじ見つめられ慌てて笑うと、『どうしたの?』とくすくす笑った。
 ……ああ。
 もしかしなくても、失敗らしい。
「どーすっか。まぁどこでもいいなら、空いてるとこにしよーぜ」
「なら、あそこ空いてる。ちょうどお寿司も食べたかったし」
「へえ? お前いつも『なんでもいい』しか言わねーのに。珍しいな」
「え?」
「なんだよ。そうだろ? こないだだって、俺がわざわざ店聞いてやったのに、結局お前いつものファミレスで落ち着いたじゃん」
 ソウと出かけることは穂澄に話したが、店を決めるまでのことは話していない。
 当たり前のことで、別に変わったことではないからだ。
 しかし、穂澄にとっては新鮮味でもあったのか、楽しそうな顔をした――からソウが食いつく。
「お前、いつもと違わねーか?」
「え? いや、別に?」
「それな。そーゆーしゃべりかたも、いつもと違うんだよな。なんっか違和感あるっつーか。なんか隠してね?」
「まさか。何も」
「そーか? それに、ほずみん。お前もずいぶん静かすぎだよな」
「え。いや……別にそういうつもりは」
 にやにやにや。
 それはそれは性格の悪そうな顔でソウが腕を組み、足を止めた。
 やめろ。頼むから。
 お前は事情というか、こうなるべきを知っている唯一の人間なんだ。
 頼むから何も言いださないでくれ。
 そして、できることなら穂澄……お前も何もしゃべるな。
 目を合わせたままでいられずすぐに逸らすと、ソウが先を追いかける。
 ああ、厳しいな。
 やはり、こんなところでソウたちに会ったのが運の尽き。
 と思ったが、葉山がソウに声をかけたことで空気が変わった。
「壮士さん、あそこも空いてますよ」
「ん? へえ、うまそう」
 見ると、和食の店先に本日のランチと称した天丼とざるそばのセットがディスプレイされていた。
 ああ、そういえば先ほどそばが食べたいとかなんとか言っていたな。
「んじゃ、ここにするか。リーチは別になんでもいいとして、ほずみんもいーのか?」
 振り返られ、ただただうなずく。
 ここはもう切り抜けるしかない。
 食事すると決まってしまった以上、ささっと切り上げて引き上げるのがベストだろう。
「あ、おいしそう」
 小さく聞こえた言葉でそちらを見ると、先ほどの新しくオープンしたイタリアンレストランの前には、シーフードドリアのセットが置かれていた。
 オープン記念とやらで、デザートが選べるらしい。
 見ただけならば、よかった。
 しかし、葉山が素で反応したことで、穂澄も引っ張られたんだろう。
 次の瞬間、あろうことか葉山の肩を“俺”が叩いた。

「みぃ、ほんっとドリア好きだよね」

「え?」
「は?」 「あ」
「あ」
 周囲はこれほど騒がしいというのに、なぜこんなにも音が止まって聞こえたのかがわからない。
 ただひとつ、目の前を歩くソウが、振り返ると同時にそれはそれはまなざしを鋭くしたのは事実だった。
「お前今なんつった?」
「っわ」
「待て!」
 顔が恐い。
 どころか、まさか胸ぐらをつかみかかるとは想定外だ。
 これまで、ケンカしたことはあっても手をあげられたことは付き合い史上皆無。
 どう考えても勝てない相手で、それはこいつもわかっているからか、そこまでのおおごとになったことはなかった。
 が、まさか葉山が引き金になるとは。
 それほど大事な相手だとはわかるが、俺にとって今の“俺”も大事な相手。
 反射的に、ソウの腕をつかむ。
「お前今、瑞穂のこと呼んだのか? 言うに事欠いて名前を? なんでお前がンな呼び方すんだ。どういうつもりだお前」
「ちょま、やめっ……!」
「俺が穂澄のこと名前で呼ぶたび嫌そうにするから、呼び捨ててねーだろ? なのに……つか、第一なんでいつも『葉山』だったお前が呼び捨てなんだよ。どういうつもりだ」
「ソウ待て!」
「なんだよ、今度はほずみんがリーチの真似か? どーゆーこった」
 ぎりぎりと腕に力が入るのがわかり、慌てて名を呼ぶ。
 穂澄とてソウの腕を掴んで離れようとはしているが、戸惑いのほうが先でうまく動けていなかい。
「壮士さん、待ってください! 今のって……」
「ふたりはちょっとそこで待っとけ。メシはカタがついてからな」
「ソウ、話を聞け!」
「だから、なんでほずみんまで……」
「ま、っ……ちょま、待って! 待って鷹塚先生!」
「は……あ?」
「本気出しすぎだからもー……ごめん、っとごめんってば。ちゃんと話すから、手離して」
 降参とばかりに両手をあげた穂澄は、軽く咳こみながら首を振った。
 ようやく自由になったからか、服を直して向き直り、小さく笑う。
 その顔を見た途端、ソウは眉を寄せた。
「お前、中身ほずみんだろ」
「大正解。やっと気づいた?」
「どーりで。これまでの腐り切った付き合いの中で、史上最高の愛想の良さだしな。一度たりとも、今日みてーなリーチは見たことない」
 てことは――と続けたソウは、にやにやした顔で“俺”を見た。
 貴様もう何もしゃべるな頼むから。
 仏頂面で口を結ぶと、噴き出すようにして背を丸くする。
「似合ってんぞ、リーチ」
「黙れ。もとはと言えば貴様のせいだろう!」
「なんでそうなんだよ。てか、アレだろ? お前が願ったってだけじゃん。つか、まさか俺とおんなじ夢見たがるとはね。意外だったぜ」
「く……」
 もしかしなくても、きっと影響は受けた。
 あの薬を押し付けられたとき、ソウは『瑞穂と入れ替わって自分を見たい』と話した。
 聞いたときは馬鹿なことをと思ったものの、なぜか引っかかってしまったらしい。
 ……だが、飲んだ覚えはない。
 なのにこれがいわゆる“明晰夢”だとしたら、俺はどこで薬を飲んだんだ。
「ま、なんだかんだ言ってもお前なら飲むと思ったけど。なんだかんだ言っても絶対やるもんな、毎回」
「妙な御幣を植え付けるんじゃない! 人をなんだと思ってるんだ」
「別に? てか、これでも褒めてるんだぜ? お前はいつだって素直で従順だよなーって」
「くっ……黙れ貴様」
 心底悪そうな顔をして笑うソウを、ただただ睨みつけるしかできない。
 すると、仲良さそうに並んで話していた穂澄と葉山が、くすくす笑った。
 ――が、それを見たソウは『いくら中身がほずみんでも、リーチにべたべた触らせんな』とふたりの間を開かせたが。
「あー? てことは、リーチが願えば叶うってことだよな」
「何がだ」
「お前の夢なんだろ? これ。だったら思ってみ。変わるから」
 ぱちん、と指を鳴らしたソウの言葉の意味が理解できず、一瞬時が止まる。
 だが、その言葉で即穂澄が反応した。
「え、リーチが願えばなんでもそうなるの? ねえねえ、だったら近所のモールじゃなくて、沖縄にしようよ! 沖縄いきたい!」
「な……っ」
 目をキラキラさせてソウに近づき、『それいい!』と楽しそうに笑う。
 それを見てソウは『お前が絶対しない顔だよな』とけらけら笑った。
 はなはだしく不愉快だ。
「いいじゃん。里逸も、私の水着姿見たいでしょ?」
「そういうつもりは……」
「嬉しいくせに。あと、どーせなら入れ替えもおしまいにしようよ。私、やっぱり里逸に触ってもらうほうが好きなんだよね」
「っ……」
 そういう顔をするんじゃない。
 きっと、いつもならそう言ってしまう言葉も、今回ばかりは消える。
 と同時に景色が変わり、抜けるような青空と緑がかった透明度の高い海が飛び込んできた。
「わ、わ、すごーい! え、すごくない!? ほんとに沖縄になったじゃん!」
「あ、れ……穂澄?」
「ん? あ! やった、やっと戻ったー! やっぱさ、自分の身体がいちばんいいよね」
 一瞬で変わった景色に、自分でも困惑する。
 明晰夢。ということは、今までのことはすべて夢だということになる。
 願えば叶う。すべて変えられる。
 夢とはいえ、この万能感はいかがなものか。
「ね、里逸もそう思うでしょ? 私の身体がいちばんいいって」
「っ……そういう言い方をするんじゃない」
「あはは。やっぱ、そういう反応は里逸の声じゃなきゃね」
 改めて自身を見直してみると、穂澄が選んだ服ではなく、普段自分が着るような服に戻っていた。
 だが……まあ、そうだな。
 やはり、自分が自分でいられることに安心する。
 俺は俺か。
 穂澄が穂澄らしく笑うのを見て、頬が緩む。
「よーし! じゃあ海で遊んで疲れたら、次は豪華ホテルで宿泊ね!」
「な……」
「いーなそれ。どーせならスイートルームで豪勢なディナー付きにしようぜ」
 波打ち際まで走りながら、穂澄が叫んだ。
 追い打ちをかけるようにソウが乗り、葉山の手を引いてそちらへ向かう。
 すぐに穂澄に呼ばれることになり歩きはじめると、振り返ったソウが憎たらしく笑った。
「がんばれよ、リーチ。すべてはお前の想像力にかかってんぞ」
「黙れ!」
 自身に戻ってから、誰かを叱ることしかしてないな。
 まあ確かに、それも“俺”なのか。
 不思議なもので気温すら異なる今を感じながら、これはこれでまあ悪くないなと思っている自分もいた。

拍手ぼたん