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「ハロウィン? ハロウィン! その12」

「本当によかったのかな」
「いいもなにも、向こうの都合なんだから仕方ないでしょ」
続き
「それはそう、なんだけど……」
 16時に予定されていたケース会議がなくなったと教頭先生に言われたのは、ついさっき。
 だがまぁそれは予定通り。
 おおむね順調ってとこか。
 朝の会の始まる時間にあわせ、教室への階段を上がりながらついいつものクセで瑞穂の頭に手が伸びた。
「……え?」
「…………」
 そりゃ、え、だよな。
 俺だってつい、しちゃったんだからしょうがない。
 身長差があったおかげで、伸びたっつってもてっぺんじゃないのが救いか。
「寝癖」
「えっ!?」
 全然そんなことはないのに指摘すると、慌てたように瑞穂が髪を撫でた。
 いや、別に俺そんな気遣えるヤツじゃねーから。
 まぁ、普段の瑞穂ならそうするんだろうけどよ。
「平気だって、全然」
「でも、壮士さんいつもきちんとしてるから、私もちゃんとしておかないと」
 発言がもう、すべてにおいて真面目というか性格が出るというか。
 お前は本当に人のために動くやつだな。
 そういや、出勤時も服装で時間かかったな。
 スーツにするか、ジャージにするかで。
 スーツで出勤に戻したのは、ここ数か月の話。
 それまでは迷うことなくジャージだったから、ぶっちゃけどっちでもよかったんだが、瑞穂は“いつもの俺”を忠実にならってくれた。
 さて。一方の俺はいかがなものか。
 いつも瑞穂はかわいい。
 が、小物やらなにやらはよくわからないうえに、服はチョイスってのがある。
 結果、ジャージ履きで行った俺は、クローゼットにしまわれていた“いつもの”瑞穂スタイルに着替えさせられるハメにはなった。
 ……スカートって、すっげー落ち着かないんすけど。葉山センセ。
 これ、風吹いたらほんとにめくれるだろ。
 どうやって歩けばいいのかもよくわからず、気を抜くとつい床を蹴飛ばすように歩いてしまい、意識して直す回数が多かった。
「……大丈夫かな」
「平気だって。いっそ、子どもに任せるってのもひとつの方法。日直が全部やってくれるから」
 はず、だけどな。
 担任がどうこうではなく、高学年にもなれば意識が変わる。
 ひとりひとりが何らかの役についており、最上級生という思いも強い。
 指示を待つのではなく、自分から。
 年度初めはよく言っていたが、夏休みに入る前からは言わずとも子どもたちが率先して動き始めている。
 何より、このクラスなら大丈夫。
 俺の想いを、きちっと継いでくれているからな。
「……よし」
 誰もいない廊下に、チャイムが響いた。
 引き戸に手をかけ、小さく息を吸い込む。
 思う存分体感してくれ。
 優秀な子どもたちの姿を。
「あ。きりーつ」
 カラカラと扉が開いてすぐ、日直が号令の声をあげた。
 今日も天気がいい。
 壁一面の窓からは、比喩でなく朝日が降り注ぐ。
 そんな中、一歩教室へ踏み込んだ瑞穂は、その場で立ちつくした。
「……これ……」
「あれ? 先生? どーしたの?」
「鷹塚せんせー?」
 もしかしたら、鳥肌くらいは立ってるかもな。
 現に、俺だってそうだ。
 強く思いはした。そうなりますようにと、願をかけて。
 だが、実際目の前に再現されると、こうも違うものなんだな。
 懐かしいのもあるし、嬉しいのもある。
 まるで映画のワンシーンかのようで、我ながら少しばかり泣きそうになった。

「壮ちゃん先生どーしたの?」

 きっと、こんなふうに呼んでくれる子どもたちはもういない。
 きっかけは単純。
 子どものころなんて呼ばれていたかという話になったとき、ひとりが俺にたずねた。
 先生は子どものころなんて呼ばれてたの? ってな。
 考えるまでもなく即答したら、教室がどよめきたってすぐ、何人もが『壮ちゃん』と呼び始めた。
 最初はおもしろがっていたんだろうが、いつの間にか定着してしまい、結局あだ名として残った。
 今の子どもたちは、俺がそんなふうに呼ばれていたことを知らない。
 知っているのは、当時のこの学年だけ。
 俺が初めて受け持った、幼いころの瑞穂が在籍したこの子たちだけだ。
「どうして……」
「はーいみんな席に着いてー。今日、鷹塚先生ちょっと調子が悪いみたいだから、協力してあげてね」
「えーそうなの? 大丈夫?」
「大丈夫?先生」
「あ……うん、大丈夫」
 席に着きながらも数人が心配そうに瑞穂を見た。
 その数人の中には当然、当時の瑞穂の姿もある。
「鷹塚先生、大丈夫?」
「っ……」
 くりくりとした大きな目に、ショートカットの子。
 コンバースのTシャツとデニムのショートパンツを身に着け、スポーツ万能学力も高い、クラスのリーダー的なこの子は、れっきとした女の子。
 ここから10年後、きれいな髪を伸ばし、当時一度も履かなかったスカートを履いて、俺の好みどストライクで再会した、葉山瑞穂その人が、“俺”に声をかけた。
 このクラスが当時の子どもたちだってことに、瑞穂はもう気づいている。
 そのせいか、まじまじと自分を見つめたあと、懐かしむように笑ってうなずいた。
「それじゃ、出席確認お願いします」
 開くまでもなく、今でもソラで言える名前。
 それは瑞穂も同じだったようで、出席簿を抱えたまま、ひとりひとりに向き直り名前を呼び始めた。

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