「ハロウィンといえば、入れ替わりですね」
「……は?」
「先輩知らないんですか? 今、すごーーーく流行ってる“明晰夢が見れる薬”ってのがあるんですよ!」
「…………」
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「うわわ、やめてくださいよその軽蔑の眼差し! ていうか僕はまだ何も言ってないじゃないですか!」
「目が明らかにヤバいヤツの目だぞお前。どう考えたって、朝に似つかわしくないモン考えてるだろ」
「ちちち違いますって! 決して、僕はその、おっ……ふ」
朝のすがすがしい日差し降り注ぐ、職員室。
まもなく子どもたちが登校してくるという間際に、こんな会話を繰り広げていると知ったら、子どもたちはどう思うのか。
少なくとも、俺なら「うわ」って引くぞ。
いくら、きゃぴきゃぴでかわいい3年生だって、いい加減、大人の見る目は肥えてる。
「で? その明晰夢ってのはなんだ」
「自分自身で『今は夢を見ている』と実感しながら見る、夢のことです」
「わわわ、おはようございます!」
「おはようございます」
花山を見ていた、不愛想全開の横顔をばっちり見られていたらしい。
かわいい声でそっちを見ると、くすくす笑いながら瑞穂が肩をすくめた。
「おはよ」
「ふふ。おはようございます」
「うわ! ちょ、なんで先輩はにっこり笑顔いただいてるんですか! ずるいですよ!」
「うるせーな。お前はちょっと黙ってろ」
片手で制し、当然身体ごとそっちへ向き直る。
ちょっと今、おもしろそうなモンが聞こえたな。
「夢を見てるってわかるってことは、好きな夢が見られるってことか?」
「そうですね。ただ、心理的な面でもあまりたびたび見すぎるのはよくないとも言われています。もちろん、異を唱える人がいれば逆の人もいますので、絶対ではないですが……」
「これは夢だってわかってて、うっかりビルから落ちて怪我したりしたら……とか?」
「好きなように夢で動けるのならば、ありえないことも変化させることはできますが、絶対はないですからね。人は精神で生きている面も大きいので」
なるほど。まぁ確かに、これは夢だってわかってても怪我して血が出るのを見たら、精神的にヤられるよな。
まぁ、そういう痛い夢じゃなくて、オイシイ夢を見たいから人は明晰夢を求めるんだろうけど。
「んで? そのイカガワシイ薬がなんだって?」
「ちょおお先輩やめてくださいよ! なんでそんなこと言うんですか!」
「お前が言ったんだろ。ヤバい薬がどうのって」
「すとぉぉおおっぷぅぅ!! それ以上僕をヘンタイ扱いするのはやめてください! 葉山先生の株価急暴落じゃないですか!」
「これ以上下がらないどころか、すでに監理ポストだから安心しろ」
ぎゃーだなんだと朝からこうるせぇ声をあげている花山は、さておき。
もし本当に自分に都合のいい夢を見ることができるなら、俺はどんな夢を見るだろう。
瑞穂にかわいいカッコさせて、オイシイ思いをするってのは夢じゃなくてもできることなので、当然却下。
腐るほど金があって、毎日遊ぶように好きなことだけできるってのも今のところはいい。
となるとやっぱ……アレか。
「一度でいいから、瑞穂の目から俺を見てみたい」
「っ……」
「そういう夢なら、喜んで」
コーヒーのおかわりをもらいに行くってのが、今の目的。
だが、当然横をすり抜ける際、ぼそりと耳元へ落とした言葉は、どうやらそこそこ大きな影響を放ってくれたらしかった。
ちらりと振り返ると、かわいい彼女がかわいい顔して頬を染めていた。