「ん?」
「なんだソレ」
自室の暑さに耐えかねてリビングへ降りてくると、やたらデカい箱を持った葉月がやたら嬉しそうだった。
だから聞いただけ。他意はない。
つーかま、そんだけありゃ十分だと思うけどな。
「ふふ。開ける前から、いい匂いがしそうだね」
「何が?」
「これ、ね」
なにがなんだか、さっぱりわからん。
いい匂いってことから、食いモンってのだけは把握した。
さほど重たくはなさそうだが、両手で持つのには十分な大きさ。
お袋のように『よっこらしょ』はなかったが、ダイニングテーブルへ下ろすと葉月が小さく息をついた。
「お荷物だよ?」
「誰に?」
「たーくんに」
「……俺?」
冷蔵庫から冷茶のポットを取り出したところで思わぬことを告げられ、扉を開けたまま3秒。
何やら期待されているまなざしが一瞬で、すぐに『ドア閉めてね』と眉を寄せられた。
あー、涼し。
クーラーよか、よっぽど冷蔵庫のほうが快適だな。こりゃ。
つってもま、さすがに中で冷えていたいとまでは思わねーけど。
「……あ」
「知ってる人?」
「知ってるどころか、毎年世話になってる人」
であり、多分お前の存在を知ったら電話のひとつやふたつどころか、直接会いにくるかもしれない相手。
“俺”が“特定の”しかも“年下の女の子”をそばに置くようになったなんて知ったら、どんな顔すんだか。
お袋よりよっぽど根掘り葉掘り聞かれそうで、一瞬あの笑顔が浮かんでなぜか背中が涼しくなった。
「わぁっ……いい香り」
バリバリと包装をはぐまでもなく、テープを剥がして蓋を取ると、形も大きさも一級品の白桃が鎮座ましまし。
途端にあたりへ甘い香りが漂い、葉月が嬉しそうに頬を緩める。
「もう食えんのかな」
「食べれると思うよ。……あ、あんまり桃は触っちゃダメ。そこから痛んじゃうんだから」
「んじゃ、とっとと食おーぜ。口が少ないうちに」
毎年この桃を送ってもらってはいるが、俺の口に入ることはかなり少ない。
いつの間にか数が減っているだけでなく、カットされた状態でテーブルに上がってるのも見ないくせに、気づくとない。
ない、んだよ。
これは比喩なんかでも手品でもなくて、物理的な意味でどストレートなモンが理由。
俺宛だつってんのに、なんでお袋の消費量が一番デカいんだ。おかしいだろ。
だからこそ、我が家のジャイアンがいないうちに、とっとと味見と称して数を減らしておかねーとな。
「食う」
「ん。剥いてみるね」
弄っていたひとつを差し出すと、葉月は素直にキッチンへ向かった。
相変わらず、俺の意のままに動くなお前は。
そんなんだから、祐恭が俺に文句言うんだぜ? なんでかはしんねーけど。
「ふふ。おいしそう」
おそらくはひとりごとだろうが、珍しく葉月が食い気を起こしているらしく、包丁を手に小さく笑う。
そういやコイツ、果物好きだよな。
いや、野菜も好きだけどよ。
そーゆー意味でいうと、あんまし肉をがっついてるイメージはない。
反面、こないだもらったアジの刺身は、うまいっつってしばらく席についてたけど。
「もう少し待ってね」
「あ? あー、別にそーゆーわけじゃねーけど」
どうやら、珍しくシンク横で眺めていたのを勘違いされたらしい。
俺は羽織かっつの。そこまで食うことに必死じゃねーぞ。
「わ……きれいなピンク」
丁寧に皮を剥いてから身に包丁を入れる様を見ていたら、種に近い部分が鮮やかなピンク色をしていて正直驚いた。
へー。白桃なのに、ここだけこんなに赤いのか。
普段気にもしなかったが、案外目にしてないだけで知らないことは多いと見た。って、なんかこうアレだな。……いや、別に何も言わねーけど。
「え?」
器用に種から果肉だけ外し終えたらしく、包丁を置いたのを見てからソレに手を伸ばす。
涼しげなガラスの器に盛られているうちの、ひとつ。
指でじかに持つと、ほんの少しだけひんやりと心地よかった。
「あ……む」
おそらくは一番最後の、切れ端。
さほど大きくもないと踏んだが、葉月にとってはそうでもなかったらしく、がんばってほおばったようで唇の端から雫がこぼれた。
慌てて手を当てようとするのを見たものの、つい手が伸びる。
口元ではなく、その手首へ。
「っ……ん!」
首筋へ伝った果汁を舐めると、予想以上に甘く、桃の香りがした。
たったこれだけで、これほどとは……あー食ったらうまいんだろうよ。そりゃあな。
しなくてもいいのに顔を覗くと、それこそさっきのピンクといい勝負なほど頬を染めた葉月が、眉を寄せた。
「うま」
目を見たまま呟いたのは、何に対するモンだったか。
うっかり口角を上げると反対に葉月が眉尻をさげ、不服そうに唇を噛んだ。
とーーーゆーーわけでーーー。
ねこ♪さんんん!!!
桃ーーー!!!
ごちそうさまでございました!
誰からの贈答品にしようかなぁと思ったんですが、どうしても里香子さんイメージでした(笑
ごちそうさまでしたっ!