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「ハロウィン? ハロウィン! その3」

「……ん」
 まどろみの中、ふと目が開く。
 室内は暗い。ああそうか、この時期はもう日が昇るのも遅かったな。
続き

 まだ6時前だろう。さすがに、穂澄も起きてはいない。
 いつもの癖のようなもので隣に手を伸ばすも、いつもとは違って固い身体に驚く。
 柔らかくて、あたたかくて、それこそ猫のようだと思うのに、いつの間にこれほどしっかりしたのか。
 そういえば数日前、筋トレ目的でジムに通いたいとも言っていたな。
 実行したのかどうか聞いてはなかったが、もしかしたらすでに通い始めているのかもしれない。
 だが、そういうときはいつも、まず自分に話してくれそうなものだが。
「……ん?」
 室内が薄暗いにもかかわらず、くっきりと部屋の壁紙の模様が見えた。
 寝起きはいつもぼんやりとしており、枕もとの眼鏡をかけたところで世界がくっきりとした輪郭を持つのだが……なぜだ。
 なぜ、今日はこんなにも整っている。
 どころか――……こくりと動いた喉さえ、自分のものとは違って感じるのはなぜか。
「ッ……!?」
 またたく間、とはまさに今のような“刹那”を言うんだろう。
 悲鳴にも似た声が上がった瞬間、すぐ隣で寝ていた自分が眠そうにまぶたを開けた。

「やだーすごくない? ねえ、すっごい!」
「……穂澄」
「あはは! 穂澄は自分じゃん! 今の私は――ああ、俺? は里逸だから」
「…………よしてくれ」
 起きてすぐのテンションとはとても思えないレベルの声で、穂澄が笑った。
 が、当然普段聞きなれている高い声ではなく、低い男の声。
 ……自分の声というのは、他人が聞くとこんな感じなのか。
 普段意識しているものよりも数段低い声で、妙に心地悪く感じる。
「ちょっと里逸。私、そんなにテンション低くないよ? てかさ、そんなんじゃすぐバレちゃうじゃん」
「何がだ」
「それじゃ私じゃないんだってば。穂澄じゃないの、それ。穂澄はしない」
「じゃあどうしろと言うんだ」
「簡単でしょ? いつもの私がどんなふうにしゃべってるか、想像してよ。……むしろ、あれじゃん? 今の私のしゃべりかた真似ればいいのに。簡単でしょ?」
「……簡単じゃないから言ってるんだろう」
 ベッドの上、自分が絶対にしないであろう体育座りをしながら、穂澄もとい自分がけらけらと笑った。
 そういう顔も、そういう笑い方も絶対にしない。だから、生理的に受け入れられない。
 やたらとテンションの高い男というか自分は、ものすごく気持ち悪いものだな。
 そんなしゃべり方もしないし、そんな口調でもない。
 何より、そんなににこにこと笑ったりもしない。
 ああ、間違いなく表情筋が筋肉痛だな。それどころか、じきに痙攣するかもしれない。
「っ……なんだ」
「なんだ、じゃないでしょ。なぁにってかわいく言えないの?」
 う。近いぞ。
 自分の顔は正直好きじゃない。しかも寝起きなだけに若干髭も伸びており、ものすごく気になる。
 普段じっくり鏡なぞ見ないせいで、気づかなくてもいいほくろにも気づいた。
 ああ、頼むから近寄らないでくれ。
 そんなふうにされたら、俺は穂澄に普段どう思われているのかと想像するだけで、気持ちが暗くなる。
「へへーお肌すべすべ。ちゃんと手入れしてる甲斐あったなー」
「よせ……!」
「よさない。……ふふ。ほら、里逸っていつも『肌がすべすべ』とか言ってくれるじゃん? それって、自分じゃわからない感覚なんだよね。だから、すごい嬉しい。里逸のためにがんばってる自分のこと、ちゃんと認めてあげられるじゃん」
 なでなでと頬や首筋、胸元を躊躇なく触られて慌てるも、穂澄は嬉しそうに笑った。
 ……嬉しそう?
 ああなるほど、きっと俺が見せない表情なんだろうな。
 それに気づいてか、穂澄は『里逸がこんなふうに笑ってくれれば、私はもっと喜ぶよ?』なんて屈託なく言った。

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