やばい……間に合わん……ぬらぁああ。
最近、寒くて夜作業できないんですよぉお(=寝落ち)
あったかい、もふもふ毛布……強敵やぞ……。
「…………」
ぱちり。
音を立てて目を開けるというより、意識的に開けた気がする。
そりゃそうだ。
どうしたって俺は、こうなりたかった。
このときを待っていた、から。
普段の自分の布団とは違う、柔らかいベッドから抜け、目指すのは1か所。
ああ、その前にせめて着替えないとな。
これは――不可抗力ってやつだろ?
かわいらしいパジャマのボタンに手を伸ばすと、悪いなとは思いつつも正直とても楽しかった。
時計を見るとまだ5時半を回ったところで、普段はまだ起きていない時刻。
だから、今なら問題なく忍び込めるわけだ。
つってもま、“俺の家”なんだからなんら問題なかった。
「……うわ」
鍵を開けて入ってすぐ、脱ぎっぱなしのジャージが床に散乱しており、我ながら唖然とする。
自分でも日々見てるはずなのに、なんでこんなだらしねぇんだ。
よくもまぁ、こんなきったねーのに瑞穂迎えようとか思ってるもんだぜ。
聞いて呆れ、見てさらに呆れる。
「…………」
忍び足をせずとも、いつも軋む床が軋まないのは体重の差か。
着替えるとき思ったが、普段自分が触っているにもかかわらず、あまりにも違いすぎて楽しくなった。
体のつくりってのがこんなにも違うとはな。
あー、たのし。
こんだけぴちぴちして、かわいくて、性格もいい人間になれるってのは、人生相当楽しめるんじゃねーの。
にっこり笑ってやれば、たいていの人間が快く受容してくれる対象。
さっきも、階段を上がるとき戸口から出てきたマスターと会い、いつもの瑞穂を真似てあいさつしたらとても上機嫌なあいさつを返された。
「……なんも知らずに寝てるな」
呑気だな、俺は。って、中身は瑞穂だけど。
昨日の自分そのままの格好で横になっている自分だが、いつもより寝相がいいように見えるのは気のせいなのか。
布団もほとんど乱れておらず、いつもの瑞穂の寝姿を垣間見た気がしておもしろい。
さて。
こうしてすやすやと眠っている瑞穂を見ていたら、当然いろんな思いが湧くわけで。
ぴんときちゃった。
きっと、今の“瑞穂”はひどくいたずらっぽく笑ってるんだろうな。
「起きろーおーい」
布団をはいで揺り動かし、肩を叩く。
万年肩こりとは無縁だが、腰は凝ってるもんだな。
なんてこと言ったら、小枝ちゃんに『つかいすぎでしょ』とデリカシーのないセリフを吐かれそうだ。
「……ん」
顔も声も自分だが、雰囲気が違う。
ぺしぺし叩きながら声をかけ続けると、うっすら目を開けた“俺”と目が合った。
「おはようございます」
「…………え?」
「少し早いけど、起きないと遅れちゃいますよ」
ですます口調なんて、いつぶりだろうな。
いやま、社会人として会議やらなにやらのときには当然出るモンだが、瑞穂相手にしゃべったことはない。
昔も、今も。
「え……え? 私?」
眠そうだった目が、徐々に“今”を認識する。
おはよう、俺。
中身はかわいくても、見た目がまんまじゃ大して変わって見えねーもんだな。
まあ、心なしかしゃべり方からは、いつもよりずっと穏やかな人間に感じるが。
「えぇ……!? わた、私……っ壮士さん!?」
ご名答。
両手をまじまじ見つめてから目を丸くしたのを見て、にやりとうかつにも笑いそうになる。
いかんいかん。
今の俺は瑞穂なんだから、にやりじゃなくてにっこりじゃねーと。
「今日はケース会議があるんですよね。資料作成、私も手伝いますって言ったじゃないですか」
「え。っあ、わ、ケース会議!」
「大丈夫ですよなんとかなるから。ああ、それと今日は朝イチで漢字の小テストやるんじゃなかったですか?」
「小テスト……」
「大丈夫。私がついてるから」
なぜ自分が“俺”になっているか理解するよりも前に、今後の展開を心配するとかどんだけ他者貢献なんだお前は。
ま、なんとかなるって。俺がついてんだから。
だいたい今の時間は、“なんでもあり”なんだろ?
まあもっとも、教員を目指していたという瑞穂の学級経営がどんなもんか、正直興味はあるし見てみたい。
生の学級をたった1日とはいえ経験するってのは、なかなかおもしろいモンだと思うぞ。
その様子を客観的に見ることで、俺自身にもプラスになるし。
「さ、起きておきて。それとも――一緒に寝てほしい、とか?」
つい、声が低くなった。
つっても限度はある。
だが、俺自身は聞いたことのないレベルで、瑞穂も眉を寄せた。
「っ……え」
自身の脇腹へするりと両腕を通し、ぺたりとくっついてみる。
抱きついたことはあるが、自分より身体の大きな人間にやった記憶はそれこそ子どものときくらいか。
それでさえもう曖昧で、覚えちゃいない。
せいぜい、『だろうな』ってレベル。
だから、妙な感じがするとはいえ、ちょっとした体験ができておもしろいもんだな。
安心したぜ、先に腹がぶつからなくて。
自分の体型は鏡で見るか自身の目で見るかしか、確認できないわけで。
普段、瑞穂がどんなふうに感じてるかを確かめるには、もってこいな状況。
だが、腹よりも先にぶつかった生理現象という名の若さがあり、思わず噴き出しそうだった。
「や、ぇっ……」
「朝からいけないんだー。こんなにして。それとも、触ってほしい?」
「っ……やめ……」
普段履いているジャージの上からソコを触り、むしろつかむぐらいの勢いで刺激すると、たちまち身体をこわばらせた。
自分のときと違うだろ?
どう感じてくれてるのか、あえて口に出して感想聞きたいところだが、自分の身体いじったところでなんもおもしろくねーからな。
そこそこで終わりにしとく。さすがに。
「気持ちいい?」
「な、んで……っぁ……」
「そーゆー声出して、いけないんだ。朝なのに。先生に言っちゃおーっと」
くすくす笑いながら真似るのは、昔も今も変わらないテッパンのセリフ。
なんでどいつもこいつも言いつけるときは、アレなんだろうな。
上半身を起こした瑞穂へのしかかるように体重をかけるも、倒れることなく肩を押され、力で勝てないってのはこーゆーことかと思い出す。
「だめ……やめて」
「そういう余裕ない感じの顔、らしくないね」
俺もこういう顔することあんのかな。
客観的に見た覚えも、した覚えもないせいか、くすりと唇の端だけが上がる。
それをひどく悔しそうというか、どちらかというと嫌そうに眉を寄せると、瑞穂は大きく息を吐いた。