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「ハロウィン? ハロウィン! その11」

「あ、おはようござ……んなぁぁあああ!?」
 トイレにでも行っていたのか、珍しく花山が廊下で声をかけてきた。
続き
 おかげで、いつもの3割増しに声が響き渡る。
「なななっな、なんで鷹塚先輩が葉山先生と一緒なんですか! どういうことですか!?」
 なんだようるせーな。
 小さくぼやいたセリフには、誰も気づかなかったらしい。
 おかげで花山は、さらに“俺”へ言葉を続ける。
「先輩ぃい! 僕、僕、僕のことおいてかないでくださいよぉお! ていうか、なんで葉山先生なんですかぁ! ダメですよ! どんなチート行為ですか!」
「え、っと……」
「花山先生、おはようございます」
「ふぁっ!? お、おはようございますっ! すみません、朝から取り乱した姿をお見せしてしまいましてっ」
 自覚はあるだな。
 なるほど、よくわかったぜ。
 だがそのアピールは死ぬほどうっとうしい。
 ましてや、絡む対象が瑞穂となれば普段の数倍な。
 あしらい方がわからずにものすごく困った顔の俺を見ながら、ため息の代わりにいつもの瑞穂よろしくにっこり笑顔で一歩近づく。
「どうしても鷹塚先生に送っていただきたくて、無理にお願いしたんです」
「へっ……?」
「ごめんなさい、察してくださいますか?」
 つ。
 手を伸ばしてつかむのは、“俺”の袖。
 瞬間、花山は目を見開くと口をパクパクさせながら後ずさった。
「あ……花山先――」
「うあぁぁあああん先輩のいけずーー!!! 僕の葉山先生を洗脳とか聞いてませんよぉぉお!」
「っ……」
「葉山先生いけません! 僕とお食事に行きましょう! そこで鷹塚先輩の数々の悪行を自らお教えします! いえ、させてください!!」
 間違いがふたつ。
 洗脳もしてなければ、何より瑞穂はお前のものじゃない。
 やめておいてやろうかと思ったが、撤回だ。
 どうせなら、二度と口にも出せないようにきっちりしとく。
「すみません。今夜は、鷹塚先生と食事の約束がありまして」
「なんですって!?」
「……あ、ごめんなさい、今夜はじゃなくて今夜“も”でした」
「ッ……せんぱぁぁあああいい!!!! うわぁああん! なんですかもぉ! 僕はもう立ち直れません! 何も信じられませんっ!!! 早引けしますからもぉ!!」
 キンキンとした声は、いつにも増して響き渡った。
 まだ登校時間には早く、子どもたちはすぐそこまで来てるかどうかってとこだろう。
 だが、当然職員室内のメンツにも聞こえてはいるようで、なんだなんだとドアから覗く数人とともに、慌てた様子で教頭先生が廊下へ乗り出してきた。
 つーわけで、あとはバトンタッチ。
 早退がどうのとわめく花山をなだめるのは俺ではなく、教頭先生の仕事だからな。
 頼みます、管理のほど。
「さ、仕事仕事」
「ねえ、なんであんなこと……!」
「本音はどう思ってるの?」
「え?」
「もし、花山先生にもにこにこしてるのを鷹塚先生が見たら、どんな気持ちになると思う?」
 手を掴まれて振り返ると、どこか咎めるようなまなざしに思わず本音が出た。
 俺の彼女なのは知ってる。当然だ。
 でも、周りはそれを知らない。吹聴するつもりも今のところはない。
 だから、腹立つ。
 瑞穂が優しいのも知ってるし、花山だけ特別扱いしてるわけじゃないってのもわかる。
 それでも、つい。
 葉山先生を連呼して親しくなりたいヤツとにこにこ話してやってるのを見るのは、おもしろくない。
「壮士さんは特別なの」
「それは知ってる。でも――」
「壮士さんが大切にしてる人を、むげにはできない」
「……大切?」
「なんだかんだ口では言っても、終わらない仕事をフォローしてあげたり、食事や飲みもほとんど断らないでしょう? そういう優しい面を見せている相手を、私がないがしろにするのは違うと思う」
 花山は、いつも俺に絡んでくる。
 ほかの先生に絡んでいることも多いが、俺には容赦なくぐいぐいくるから、仕方なく受け止めてやってるだけ。
 そう思っているし、事実そんなもんだ。
 でも、なるほど。瑞穂にはそんなふうに映ってるのか。
 ある意味面白いし、まぁよく見てるなと感心もする。
「壮士さんに認めてもらえたんだもん、次は壮士さんの周りの人たちにも認めてもらいたい。鷹塚先生が選んだのが葉山先生なら安心だねって言ってもらいたいの」
 わがままかもしれないけれど。
 そう言って瑞穂は、嬉しそうに笑った。
 ああ、その顔きっといつもの瑞穂だったら、相当かわいいんだろうよ。
 うっかりキスする程度にはな。
「え?」
「ちょっとかがんで」
 さすがに手を伸ばすのは身長差がありすぎて、背伸びしても足りなかった。
 肩を叩いてかがませ、頭へ手を伸ばす。
「っ……」
「そういうふうに考えてること、伝えたら喜ぶと思うけど?」
「な……っ」
 さすがに唇へはできず、耳元へ手を当てて一瞬の隙で頬へ口づける。
 ああ、やっぱ自分にってのは抵抗あるよな。
 どこの世界に、自分とキスするのが平気な人間がいるんだか。
「っあ」
「朝の会始まっちゃう。行くよ」
 戸惑ったままの瑞穂の手を引き、職員室のドアを開ける。
 今のキスなんて、見てる人間がいるはずない。
 これは俺の都合いい夢。
 いくらでも根回しするし、動かしてやる。
  あくまで、メインは俺と瑞穂のふたりだけなんだから。

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