「やー、うまいな。やっぱり絵里の作った朝飯は最高だぜ」
「…………」
「味噌汁まであるとか、ほんっとデキる彼女は違うよな」
「……いいからもうお前黙って食え。はっ倒すぞ」
「あら。やれるものならやってみなさい。現状の力関係を考慮してない発言は、まさに無謀というのよ?」
にこりではなく、我ながらよい感じに不敵な笑みを浮かべてやったと思ったのに、たちまち純也は嫌そうに『俺はそんな顔しない』とため息ついた。
てゆーか、よくもまあそんな温かいカッコでいられるわね。
この部屋十分暑いのに。
10月も下旬とはいえ、まだ暑いと感じる日もある。
ってまぁ、ほぼほぼないけど。
今年はまれに見る雨の多さで、正直うっとうしくてかなわない。
ま、洗濯は乾燥までやってくれる便利なもののおかげで、天気の良しあしは関係ないんだけど。
失礼ね。洗濯くらいはするわよ。
ついでにきちんと畳んで、しまうまでがお仕事ですもの。
でも、純也って細かくて『靴下のしまい方が雑』とか言うからめんどくさい。
そういう場合は、2,3日ほど洗濯物の片付けが純也分担へ移行するのが常。
「今日、なんか講義入ってる?」
「いや、今日は一日教授のサポートとゼミ」
「あっそ。じゃあオールキャンセルで」
「……は?」
「え? いや別にいいけど? そのカッコで参加してきても」
「…………いやいやいや、そこはお前が動くとこだろ!」
「やーよ。てか無理に決まってんでしょ? あ、わかった。じゃあ今日は具合悪いから休みってことにしとくわ。発熱」
「そーやって、いいこと思いついたみたいに言うのはよせ! 俺はそんな反応しない!」
はいはい、わかったわよもー。細かいわねホントに。
でもまぁ、これは私の夢。
都合いいほうこうへ持っていけるんだとしたら、このあたりで…………。
「ん?」
普段の2割増しくらいで怒っていた純也のうしろで、メールの着信音ひとつ。
黙って確認したヤツが、なぜか眉を寄せたまま私を見つめた。
「……ゼミ内で胃腸炎が発生したから、急遽休みだとよ」
「あ、そう」
いよっしゃぁぁああ!! さすが私! 全知全能のわたし!!
またもや高笑いしそうになったけれど、今回ばかりは心の中でおっきくガッツポーズするのみにとどめる。
これで、大きな問題は解決したわね。
次は今回この夢が見たいと思ったそもそものキッカケを発動させねば。
てか、あれよね。夢から夢を渡るってことは、さすがにできそうにない。
となると、まぁしょうがないから……演じてもらいましょうかね。
私の夢の中にいる、羽織と葉月ちゃん双方に。
「……ふふ」
「だからよせって、その笑い方。昔見た映画のヤバい科学者みたいだぞ、お前」
「誰がよ、失礼ね。少なくとも笑い方うんぬんはおいておいたとしても、顔やら何やらは全部純也のものなんだから、どー考えたってアンタがヤバいヤツってことでしょ」
「くっ……」
く、じゃないから。ホントに。
この人相変わらずおもしろいわね。まぁいいわ、許す。
ああもう、こうしちゃいられないわ。
これは私の夢の中。
つまり、私がなんでも好きなようにできる場所ってこと。
てことは――そう、あの寝室のドアを開けたら、羽織の部屋に繋がってて、あのクローゼットを開けたら祐恭先生のとこのクローゼットに繋がってるなんていう、まさに夢みたいなできごとがあってもなんらおかしくない!
ついでにいえば!!
私の姿は誰に見られることもないんだわっ!
「消えろ私!」
しゅばっと忍者のポーズよろしく両手を重ね、指を立てる。
こういうとき、別に呪文は必要ない。
大事なのは気持ち。そして、心意気。
目を閉じて強く念じると、あたりが静かになった。
ふふ。これで第一の目的完了よ。
あとは、ざっとあのドアから向かえばいいだけの話!
「なんも消えてねーぞ」
いつもとは違って大きめの一歩を踏み出した途端、私らしからぬ低い声が聞こえて、テンションダダ下がりと同時に軽くチョップを食らわせたのは言うまでもない。