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「ハロウィン? ハロウィン! その9」

 「あなたは誰?」
「私はわたしってさっきも言ったでしょ?」

続き
 足の間へ座る格好になり、仕方なくあぐら――ではなく体育座り。
 スカートを履く気にはさすがにならず、クローゼットを最低限探させてもらって見つけた、ジャージを履いているので問題ない。
「あなたの夢が現実になっただけ。なりたかったでしょう? 壮士さんに」
「え……?」
「壮士さんから自分のこと、見てみたかったんじゃないの?」
 これはこじつけでしかないが、もう少し瑞穂に“自分だけが”と信じてもらうべく、念を押す。
 違うとは思うぞ、少なくとも瑞穂は考えたりしないとは思う。
 だが、あえて“自分”の姿で言わせることで、信ぴょう性を持ってもらいたかった――つーか、もらわないと困る。
 じゃなきゃ、まだ目的を達成できてないんだから。
 俺が瑞穂になりたかったのは、みっつ理由がある。
 ひとつめは、教員としての体験をさせてやりたかった。
 ふたつめは瑞穂へ直接言ったように、瑞穂をとおして俺を見てみたかった。
 そしてみっつめは……もしかしたら、これが一番やりたかったことかもな。

「起きて、壮士。遅刻しちゃう」

「っ……」
「ほら、早く朝ごはん食べて準備しなきゃ。ケース会議と今日の授業のおさらいしよ?」
 にっこり笑って首をかしげると、瑞穂は目を丸くしただけでなく口まで開いた。
 つーか、中身が俺だってなんで気づかないかな。
 それとも、気づいてて敢えてスルーか?
 まあいい。
 自分だけ“俺”になっちゃったって思ってくれてるなら、それにこしたことはねーからな。
 それならそれで、思う存分やりたかったことをさせてもらう。
 どうしても、瑞穂にタメ口の抵抗をなくしたかった。それが俺のやりたかったこと。
 付き合ってから何度か言ったが、元の関係性ってのもあるんだろうが、なかなか敬語がなくならない。
 同僚なんだから対等なんだし、付き合ってる以上上も下もないと散々言うものの、瑞穂は困ったように笑う。
 名前とて呼び捨てでいいと言っても、なかなかできないらしく、少しだけもどかしさもあった。
 てのはきっと、リーチとほずみんを見てしまったから。
 あのふたりと会うたび、どこかで『それが正解だよな』と思うことが増えたからかもしれないが、だからこそ瑞穂にもそうしてほしかった。
 年の差や経験値の差ではなく、彼氏と彼女として。
「さ、朝ごはん食べよ。冷蔵庫に何があ――うわっ!」
「あ……えっ、ごめん。そんなに強く引っ張ったつもりは……」
 立ち上がろうとした瞬間手を引かれ、そのままの格好で俺につっぷすと、驚いたように瑞穂がまばたいた。
 あー、多分そういう顔もあんましない。
 驚くとか、最近してねーわ。
「っ……え……」
 両手で頬をつかまれ、顔が近づく。
 お前、まさか……いやいや、ちょ、待てって。
 いくら中身が瑞穂だってわかってても、ちょっときつい。
 何が楽しくて、自分とキスしなきゃなんねーんだよ。
 さすがにそこまで到達してるヤツなはずないだろ。俺が。
「ちょ、まっ……!」
「お化粧」
「……え?」
「お化粧して。どうしてお化粧してないの? 今日、仕事あるでしょ? こんな時間に押しかけるなら、自分の身支度はきちんとして」
 普段、俺にはきっと見せない顔なんだろうな。
 “俺”に真面目そうな顔で言われ、こくりと喉が動く。
「それに、服だって……どうしてジャージなの? 今はそれ、もう履いてないじゃない」
「いや……どれを履けばいいかと……」
「そんな格好で学校に行けるはずないでしょ?」
 もう。
 聞いたことのないセリフが並び、なんだか申し訳なくなってきた。
 ひどく落ち込んでいるというか、自身に落胆しているというか。
 あれ、瑞穂って下に弟妹いたっけ。
 そう思うほど面倒見よく感じるが……ああ、そういやほずみんの面倒はよくみてたな。
 つーかま、どっちかってーと真面目さゆえなんだろう。
 瑞穂はいつだって、俺と違ってきちっとした格好で学校にいる。
 むしろ、休日でもきちっとした格好してるもんな。
 休みだからって、だらっとジャージで1日終える俺とは大違いだぜ。
 そんな俺でさえ、瑞穂は許容してくれるんだが……まさか自分は許せないとは。
 完璧主義者とは言わないが、やっぱりこの子はきちっとしてんだな。昔から。
「っえ」
「ごはんの前に、お化粧が先。座って? 私がするから」
「いや……いやいやいやいいって! 大丈夫! かわいいし!」
「……自分で言うとかもう……恥ずかしいからやめて。むしろ、心が痛むから」
 腕を引きながらソファへ連れていかれ、慌てて首を振るものの、瑞穂はため息をつくとラックへ手を伸ばした。
 そこにあるのは、俺が強引に泊めた日用の化粧セット。
 本人曰く最低限らしいが、あと何が必要なのかは俺にはわからない。
 つーか、俺も鏡見たけど、普段の瑞穂と変わらなくねーか?
 化粧の必要性とはって感じなんだが。ぶっちゃけ。
「わぶ!」
「さすがに顔は洗ってあるよね? 簡単に化粧水で整えるから、じっとしてて」
「ちょ、まっ……大丈夫だって! 化粧しなくても十分!」
「十分なはずないでしょ? もー……公の場所に行くんだから、身だしなみはきちんとするの!」
 ぺたぺたと冷たい感触に目を閉じるも、瑞穂はてきぱきことを進めていく。
 終わったかと思いきや別のものを塗られ、さらにもう一度。
 その後箇所ごとに筆でなぞられ、くすぐったいよりも文化祭の出し物でやった演劇のときを思い出して少しだけ懐かしかった。
「口紅は最後、歯磨きしてからね。それじゃ、ごはん食べよ?」
「……すげ」
「え?」
「別に」
 うっかり元のトーンでつぶやき、慌てて手を振る。
 あんだけの作業をものの数分でやってのけるとか、どんだけ慣れてんだ。
 まあ、瑞穂が化粧をするようになってどれくらいなのか知らないが、俺が顔洗って髭剃って髪直してーってのと一緒か。
 バレッタで止められ、変化した髪型の俺がすぐそこの姿見に映り、普段の瑞穂そのものにしか見えなかった。
「……それにしても、どうして私が壮士さんに……」
 フライパンを火にかけた瑞穂へ近づくと、そんなひとりごとが聞こえた。
 不思議だろうな、そりゃ当然だ。
 すべては、俺のせい。
 最後の最後にバレたとしても、お前ならきっと許してくれそうだけど。
「ベーコンエッグがいい」
「自分で作ればいいのに」
「時短」
「じゃあ、ごはんよそってね」
 きっと、いつもの瑞穂ならくすくす笑っただろうが、今は俺。
 それでも、普段よりずっと穏やかそうに笑われ、少しだけおかしかった。

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