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「ハロウィン? ハロウィン! その13」

「小学校の算数って、公式が使えないぶんちょっと難しいかも」
「それはわかる。どっちかっていうと、算数の計算力より国語の読解力のほうが必要だから」
 教科書に沿って行った授業は、それこそ新人の先生のお手本なみに丁寧な解説つきだった。
続き
 当時の俺はできなかっただけに、瑞穂はやっぱり人に教える力が高いんだなってことはよくわかった。
 さすがに2時間算数はキツイので、もう1時間はエンカウンターに置き換えた。
 こちらの得意分野は、もちろん瑞穂。
 嬉々として2つほどエンカウンターを行い、子どもたちからも称賛を浴びていた。
「鷹塚せんせー」
 2時間目まで無事終えた、20分の中休み。
 職員室へ戻るべく瑞穂を引っ張ると、教室から出てすぐひとりの子が声をかけてきた。
 が、振り返るまでもなく“誰か”なんてすぐわかるから、振り返る前に顔が勝手に笑う。
「ねえ先生、あのときの言葉覚えてる?」
「え?」
「ほらぁ、この間言ったでしょ? 私が大人になったとき、もし鷹塚先生がひとりでごはん食べてたら、お嫁さんになってあげるねって話」
 面と向かって当時の自分から告白を受け、さすがの瑞穂も困ったように笑った。
 照れくさいんだろうよ、そりゃあな。
 まっすぐに想いをぶつけられるってのは、何よりの強さだ。
「ねえ、大人になってもその言葉覚えててくれる?」
 大人になったとき、俺は覚えていなかった。
 いや、覚えちゃいたが瑞穂を待とうとは思わなかった。
 当時の彼女の気持ちはありがたかったが、再会するとも思わなかったし、ましてや俺をずっと目標にしてくれていたとも知らなかったんだから。
 それでも、大人になった瑞穂にまた好きになってもらって、直接想いを告げられて……ほんっとに俺は幸せなやつだと思うぞ。
 いったいどんなワザを使ったんだかな。
 当時の瑞穂に、俺はどんなふうに見えていたのか。
「もし大きくなったとき、鷹塚先生がひとりでごはん食べてるって知ったらどうする?」
 わずかにかがんだ瑞穂が、当時の自分と目線を合わせた。
 すると、大きな目で何度かまばたきした彼女が、にっこり笑う。
 ああ、そうだ。いつだってそういう顔で笑ったよな。
 自信に満ち溢れた、“信じている”顔で。
「すっごいがんばる」
 心底嬉しそうな顔で、こっちまで嬉しくなる。
 それは瑞穂も同じだったようで、頭に手を伸ばしてた。
「えへへ」
 いいこ、いいこ。
 当時の俺は、こんなふうに頭を撫でてやったことがあっただろうか。
 ものすごく嬉しそうに、少しばかり照れくさそうに笑うのを見て、がらにもなく温かい気持ちになる。
「ねえ、鷹塚先生。大人になった私は、誰の隣にいるの?」
 誰だって知りたいだろう質問を受け、瑞穂が手を止めた。
 だが、間髪入れずに口を開く。

「内緒」

「っ……」
 その顔があまりにも“らしく”て、面食らう。
「なりたいものがあるでしょう? だったら、努力しなくちゃ。努力して、いっぱい悩んで、でもそうなりたいって強く願ったから、今の私がいるんだから」
 いたずらっぽく笑った瑞穂は、当時の自分に何ひとつ教えてやることなく、背を伸ばした。
「できないことが少ないように、できることをより多く増やして精いっぱい努力したら、きっと近づけるって思ってた。断られる理由がないように、がんばろうって。その結果が今だから、ただ待つだけじゃ何も変えられなかった」
 いつの間にか、言葉は当時の瑞穂でなく、こちらへと向いていた。
 ひとつひとつ、まるで告白されているような感覚に、小さく喉が鳴る。
 自信がある顔ってのは、やっぱり強いな。
「当時は、好きになってもらえるなんて思わなかった。受け入れてもらえている今は、本当に夢みたいだって何度も思った。でも、絶対無理だとは思いたくなかったから、やりたいことだけしてきたの」
 ゆっくりと伸ばされた腕に、抱き寄せられた。
 この感覚は、きっと戻ったら味わえないんだろうな。
 それでも、どちらかというと“られる”より“する”ほうが、俺らしくあり好きだと思った。

「私を選んでくれてありがとう、壮士さん」

「っ……」
「ふふ。こんな顔するのかな、いつもの私も」
「……なんで……」
 真正面から顔を見つめられ、目が丸くなる。
 なんでわかった。いつ気づいた。
 確かめたいゆえに、いくつもの言葉が浮かぶ。
「頬に手を当てたときのくせが、そうだったから」
「クセ?」
「キスしてくれるとき、いつもこうして耳元に手を置くの……気づいてない?」
 まじか。
 するりと頬から耳にかけて触れられ、ぞわぞわとした感じにくすぐったさが先立つ。
 てことは――さっき、頬へ口づけたあのときから、気づいてたってことか。
 それはそれは……まいった。さすがだ。
 くすくすと笑うのを見て、苦笑が浮かんだ。
「え……?」
「ちょっとかがめ」
 悔しかったってのも、ちょっとはあったんだろうな。
 仏頂面のまま“俺”の肩を引っ張り、そのまま両手で頬を引き寄せる。
 悪かったな、普段の瑞穂をきっちり演じられなくて。
 俺が演じた姿は、やっぱりどこまでも“俺”だった。
「ん……っん、んっ?」
 唇を合わせ、舌をすべり込ませる。
 いつもと同じ感覚。ああ、そうだ。
 やっぱ、こうじゃなくっちゃな。
「え……私……」
「そりゃそーだろ。誰が好きこのんで自分とキスしたがるよ。俺はお前としたい」
 目の前には、驚いた瑞穂の顔。
 肌のきめ細かさも、ぱっちりとした大きな目も、そしてかわいい反応を聞かせてくれる声も、いつもと相違ない。
「ほんとは、朝の時点でもっと弄ってやってもよかったんだぜ?」
「えっと……何が……ですか?」
「またそーやって敬語になる。距離があるっつったろ」
「でも……もうくせみたいなものだから」
「じゃあ慣れろ」
 鼻先をつけてから口づけると、くすりと笑った瑞穂が『がんばる』とささやいた。
 瑞穂を弄るのは大好物だし、それが朝だろうと昼だろうと時間は問わずウェルカムだ。
 がしかし、自分自身を触るってのはちょっとな。
 格好としては“俺”を“瑞穂”が舐めてることにかわりはないが、人間やっぱ、視覚って大事だぜ。
 きっと瑞穂が舐めてくれたらどこだって気持ちいいだろうけど、それならそれで“俺”であるときに責任とってくれたほうがよっぽどいいからな。
 あー、そろそろ夢じゃなくていいや。
 やっぱり俺は、現実で体感するほうが性に合ってる。
「高校生のとき、壮士さんを見たことがあるの」
 ゆっくり離れた瑞穂が、小さく笑った。
 俺の知らない、“俺”の話で、興味が湧く。
「きっと、穂澄も覚えてないと思う。壮士さんが3年生くらいの子たちを連れて、付属高の前をお昼ごろ歩いての」
「……へえ」
「私が高校3年生だから……5年前かな。そのとき、穂澄に言われたの。『会って来ればいいのに』って。私も……何回も考えて、あのあとも実は声をかけなかったことを、ちょっぴり後悔したの」
 付属高の制服は知ってるし、ほずみんも瑞穂もそこの出身だってのもよく知ってる。
 ついでに言えば、リーチはそこのセンセってヤツで、現役の女子高生だったほずみんに手ぇ出したわけだが。
「女子高生になった私を見たら、壮士さんと関係が変わったかなって考えたけど……でも、きっと何も変わらなかったんだろうなって、今ならわかる。今の私にはなれなかったなって」
 当時の瑞穂は、ひとりになるたびに見かけた俺を思い出してくれたんだろうか。
 そのときの自分がどんなだったか、記憶にはない。
 きっと、町探検か何かにでも行ったときを見たんだろう。
 それでも……そうか。お前には会ってたんだな。
 今となっては、会ってみたかった気持ちが強いが、恐らく当時会っていたら、思い出すことなく過ぎてしまっていたかもしれない。
「だから、見かけただけで、会わなくてよかったって今なら言ってあげられるの。我慢してよかったね、あのとき我慢したから、大人になって後悔せずに済んだんだよって」
「そっか」
 頬に手を当ててから、ついクセで髪を撫でる。
 自覚してるクセと、そうでないクセとあるもんなんだな。
 キスするときに頬に触りたくなるのはわかってるが、耳元へ滑らせるのは気づいてなかった。
 まあ……瑞穂もきっと、自分で気づいてないクセあるだろうけど。
 たとえばコレな。
 キスしようとすると、右手で俺の服を握るトコとか。
「……ん……」
 耳に届く、柔らかい息づかい。
 これがあるから、もっと先まで欲しくなる。
 もしかしてコレもクセってやつなら、相当ヤバいモンだ。
 薄く目を開け、目を閉じたまま口づけに応える様を見ながら、角度を変えて深く口づける。
 あー、かわい。
 当時の瑞穂は、知らないまま。
 大人になって再会した“鷹塚先生”が、大人になった瑞穂にどんだけどハマりするかってことを。

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